最高裁判所第一小法廷 平成11年(受)42号 判決 1999年12月20日
上告人
笹山勝好
ほか一名
被上告人(原告)
石井陸奥雄
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 上告人らの附帯控訴に基づき、第一審判決を次のとおり変更する。
(一) 上告人らは、被上告人に対し、各自六八〇万一〇一七円及びこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被上告人のその余の請求を棄却する。
2 被上告人の控訴を棄却する。
3(一) 被上告人は、上告人福島県共済農業協同組合連合会に対し、三八八万五六八二円及びこれに対する平成一〇年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 同上告人のその余の民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てを棄却する。
二 訴訟の総費用及び上告人福島県共済農業協同組合連合会の民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てに関して生じた総費用は、これを八分し、その一を上告人らの負担とし、その余を被上告人の負担とする。
理由
上告代理人大谷好信の上告受理申立て理由について
一 亡石井ウン(以下「亡ウン」という。)は、上告人笹山運転の普通貨物自動車に衝突されて傷害を負い、その後遺障害のため他人の介護を要する状態にあったが、本件訴訟が提起される前に死亡した。本件は、亡ウンの相続人である被上告人が、主位的に、右後遺障害が原因で亡ウンが死亡したとして、その死亡による損害の賠償を求めるとともに、予備的に、亡ウンの傷害による損害の賠償を求め、その死亡後の介護費用を右交通事故による損害として主張している事案である。
原審の適法に確定したところによれば、(一)亡ウンは、平成五年四月二一日、自転車に乗って走行中、上告人笹山運転の普通貨物自動車に衝突されて頭部を強打し、外傷性急性硬膜外血腫の傷害を負った(以下「本件事故」という。)、(二)亡ウンの症状は、平成六年四月五日、自動車損害賠償保障法施行令別表(後遺障害等級表)一級三号に該当する後遺障害を残して固定した、(三)亡ウンは、食事、用便等日常生活のすべての面で他人の介護を要する状態にあったところ、平成七年五月三〇日、居宅内を歩行中に転倒し、頭部を強打した結果、本件事故による傷害とは別個の傷害である急性硬膜下血腫により死亡した、(四)被上告人は、亡ウンの他の相続人からその損害賠償請求権の譲渡を受け、本件事故に基づく亡ウンの権利一切を取得した、というのである。
二 原審は、本件事故と亡ウンの死亡との間の相当因果関係を否定した上、次のとおり判示して、亡ウンの症状固定後平均余命までの間の介護費用を本件事故による損害と認め、被上告人の予備的請求の一部を認容した。
亡ウンは、本件事故の後遺障害により将来とも独りで日常生活をしていくことは極めて困難で、常時介護を必要とする状況にあったと認められるが、亡ウンの死亡が本件事故当時予見され得なかった出来事である以上、将来の介護費用の算定に当たって右死亡の事実を考慮に入れるべきではない。そして、亡ウンの平均余命期間である症状固定時から七年間、右状態が継続するものとして事故時における損害を算定すべきであり、介護費用は一日当たり六〇〇〇円とするのが相当であるから、亡ウンの症状固定後の介護費用は一二〇六万八八七一円となる。
三 しかしながら、原審の判断のうち亡ウンの死亡後の介護費用を損害と認めた部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(一) 介護費用の賠償は、被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり、判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは、引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。ところが、被害者が死亡すれば、その時点以降の介護は不要となるのであるから、もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく、その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり、かえって衡平の理念に反することになる。(二)交通事故による損害賠償請求訴訟において一時金賠償方式を採る場合には、損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され、交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さないものとされるのであるが、右のように衡平性の裏付けが欠ける場合にまで、このような法的な擬制を及ぼすことは相当ではない。(三)被害者死亡後の介護費用が損害に当たらないとすると、被害者が事実審の口頭弁論終結前に死亡した場合とその後に死亡した場合とで賠償すべき損害額が異なることがあり得るが、このことは被害者死亡後の介護費用を損害として認める理由になるものではない。以上によれば、交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には、死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないと解するのが相当である。
そして、前記一の事実によれば、亡ウンは本件事故後に本件事故による傷害とは別個の傷害により死亡し、死亡後は同人の介護は不要となったものであるから、被上告人は、死亡後の介護費用を本件事故による損害として請求することはできない。したがって、これと異なる判断の下に、亡ウンの死亡後の介護費用を本件事故による損害と認めた原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は、理由がある。
四 ところで、亡ウンの症状固定時から死亡時までの四二一日間の介護費用の額は、介護に要する費用を一日当たり六〇〇〇円として算出すると、二五二万六〇〇〇円となる。右介護費用の額に原審の認定に係るその余の損害額を加えると三〇四一万八四三六円となり、これから既に上告人らから支払われた二三六一万七四一九円を控除すると、被上告人の本訴請求は、上告人らに対し、各自六八〇万一〇一七円及びこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。したがって、上告人らの附帯控訴に基づきこれと異なる第一審判決を右のとおり変更し、被上告人の控訴を棄却すべきである。
上告人福島県共済農業協同組合連合会の民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てについて
同上告人が右申立ての理由として主張する事実関係は、被上告人の争わないところである。そして、仮執行宣言は、本案判決の変更の限度においてその効力を失うものであるから、第一審判決に基づく仮執行は、六八〇万一〇一七円とこれに対する平成五年四月二一日から仮執行がされた平成一〇年三月三日までの年五分の割合による遅延損害金一六五万五五三五円との合計八四五万六五五二円を超える部分について根拠を欠くことになる。したがって、右申立ては、右仮執行宣言に基づいて給付した一二三四万二二三四円(執行費用を含まない。)のうち三八八万五六八二円及びこれに対する平成一〇年三月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
よって、原判決を本判決主文第一項のとおり変更することとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(平成一一年(愛)四二号 上告人 笹山勝好 外一名)
(裁判官 遠藤光男 小野幹雄 井嶋一友 藤井正雄 大出峻郎)
上告代理人大谷好信の上告受理受理申立て理由
一 高裁判決の判断(将来の介護費用について)
高裁判決は次のように述べて将来の介護費用を認容した。
(二) 将来の介護費用 一二〇六万八八七一円
平成六年四月五日(症状固定時。被害者八四歳)頃の被害者は、頭部外傷及び正常圧水頭症によって失禁状態にあるため常時おむつが必要であり、記憶障害、軽度の意識障害がみられ、日常生活動作に介助を要する状態にあって、これらの症状は改善の見込みがないとの診断を受け、同年一一月四日後遺障害等級一級三号に該当するとの事前認定を受けた(甲第一三号証の10、14、15)。被害者が平成七年五月三〇日に死亡したことは当事者間に争いのないところであるが、本件事故の時点では右死亡を予測させるような客観的事情は見当らない(傍点上告受理申立人代理人)。(一)で見た被害者の固定までの病態及び右被害者の後遺障害の程度等に照らすと、被害者は、本件事故の後遺障害により将来とも一人で日常生活をしていくことは極めて困難で常時介護を必要とする状況にあったと認められるが、前記のように被害者の死亡が本件事故当時予見され得なかった出来事である以上、将来の介護費用の算定に当たって右死亡の事実を考慮に入れるべきではないから(傍点上告受理申立人代理人)、被害者の平均余命期間である固定時から七年間(平成六年簡易生命表に基づき年未満切捨て)右状態が継続するものとして事故時における損害を算定すべきである。そして、その介護に要する費用(おむつ代等を含む。)は一日あたり六〇〇〇円とするのが相当であり、ライプニッツ方式により中間利息を控除した結果、一二〇六万八八七一円となる。
6,000×365×(6.4632-0.9523)=12,068,871
二 高裁判決は、最高裁判所平成五年オ第五二七号について平成八年四月二五日最高裁判所第一小法廷で言い渡された判決(以下、最高裁判例という)において示された判決要旨「交通事故の被害者が後遺障害により労働能力の一部を喪失した場合における逸失利益の算定に当たっては、事故後に別の原因により被害者が死亡したとしても、事故の時点で、死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではない。」を介護費用についても機械的に適用し、逸失利益について最高裁判例が示した見解を将来の介護費用について誤って適用した結果であり、損害項目の内容・性質等の違いを看過し、最高裁判例の真意に反し、将来の介護費用にまで誤って同判例を適用してしまったと言わざるを得ない。
三 逸失利益と介護費用の違い
1 逸失利益等の労働能力を喪失したことによる得べかりし利益(消極的損害)については、不法行為時若しくは症状固定時において当該損害額算出のための算出根拠となる収入金額や就労期間等が、かなりの蓋然性をもって予測可能であるのみならず、損害賠償制度が本来担うべき被害者に生じた損害の填補(消失した分・減少した分を元に戻す)の趣旨からも、最高裁判例のように不法行為時(交通事故の時)に一定内容の損害として発生している、と考えることはそれなりの合理性・合目的性を有すると思われる。
2 一方将来の介護費用等の積極的損害は、日々具体的に発生してこそ損害が発生した、とされるものであり、又支出の必要性(本件の場合、介護の必要性)は時間を経るに従って質量とも変化するものであって、消極的損害ほどの蓋然性をもって予測し得る損害とは言えない(例えば治療費を考えて見た場合、治療期間・治療内容等が時間の経過とともに変化することは明らかである)。又積極的損害にあっては、現実的に具有し存在する金銭等の積極的な財産が具体的に消失・減少するという事実があって初めて損害として発生するものであるからして、もしかかる具体的な損害が発生していない、又は発生しなくなったにもかかわらず、賠償するということになれば、賠償の本旨である損害の補填(失ったものの回復)の趣旨に反することにならざるを得ない。
四 衡平の原則
1 本来損害賠償制度の根幹に存する衡平の原則(事故により生じた損害を加害者側・被害者側に各々どのように負担させるのが社会的に公平であり、社会正義に担うかという極めて合目的な原則)の観点から検討するならば、逸失利益等の消極的損害と将来の介護費用等の積極的損害は異なった考慮が必要である。
2 即ち逸失利益は、当該事故がなく、被害者が平均余命まで或いは就労可能期限まで生存し稼働出来た場合に、被害者が将来にわたって得たであろう利益を補償賠償することによって、被害者の遺族等の被害者によって扶養されていた、又扶養されることが予測される一定範囲の人的集団(被害者の死亡により大なり小なり経済的に不利益を受ける集団)の扶養利益に転化され、被害救済に役立つことにより社会的な妥当性を有する。
3 一方、症状固定後の介護費用は、介護が必要とされる程の後遺障害が残存した場合に、将来にわたって介護費用の支出が予測されるので、その介護費用を加害者に前払させ負担させるものであって、被害者若しくはその家族等の将来現実的に支出を余儀なくされる不安・不利益等を予め除去しようというものであって、現実に介護がなされた場合は、その時に生ずる被害者若しくはその家族等の不利益・損害救済に役立つが、もし介護がなされる状況が消滅してしまった場合は、その分支出する予定の金員を支出しなかったことになるのであるから損害は発生せず、従って介護しなかったにもかかわらずその分を損害賠償として金員を受け取ることが是認されるならば、まさに「笑う被害者」を認めることになるのであって、社会的な妥当性を欠き、衡平の原則に反する事態を生じさせる結果とならざるを得ない。
逆に、かかる不要になった介護費用を加害者に負担させなかったからといって、加害者が社会的に非難されるいわれはないし、又不当に加害者を利得させるものでもない。
そして本件の場合のように口頭弁論終結時までに既に介護の必要性が消滅していることが明白な事案において、既に存在しない被害者に対する介護費用を損害として容認し、加害者側に負担させることは真の意味で衡平の原則に反し、何人をも是認させることは出来ないと信ずる。
五 民事訴訟法一一七条
1 損害賠償額の算定は所詮フィクションにすぎないと批判されているが、中でも重度後遺障害被害者の逸失利益と介護料の算定が最もフィクション性が強く、特に介護料については重度後遺障害被害者の平均余命が統計上短いという学説もあることから、加害者側により一層の不満感(衡平の原則に反しているとの思い)が存している。
2 そこで損害賠償における正義の実現のため、少なくとも介護料については定期金賠償方式を導入することが検討されてきたが、今回の民事訴訟法改正によって定期金賠償方式が実定法上是認され、しかも口頭弁論終結後の事情の変更による変更判決が可能となった。
このことは介護費用等の損害について、より実態に合致した損害賠償が可能となったことを意味するものである。されば口頭弁論終結前に生じた一切の事情をもって適正妥当な損害賠償額が算定されなければならない必要性、即ちより衡平の原則に合致した損害額の算定がなされなければならなくなったことは、条文上でもより明確になったと言わなければならない。
3 そこで本件をみるに、本件においては後遺障害一級に該当した後、交通事故とは関係ない事由によって死亡した事案であり、口頭弁論終結時においては既に被害者のために要した介護費用は確定している事案である。
かかる事案において、将来発生する余地のない損害(将来の介護費用)を加害者側に負担させることはどのような理論をもってして是認されるものではないと言わなければならない。
六 結論
よっていずれの理由からも高裁判決は破棄を免れない。
以上